03610yuriのブログ

震災後に出会った人との関わりを通して
ツインレイと言う言葉を知りました。
自分に起こることが信じられず、自分の心の変化があまりにも急激で。
でも、本当の自分を知りつつあると感じます。
何より自分のために、この5年で起こったことを文字にしたいと思いました。

忘れる

彼と出逢って六年。

去年、どうしても苦しくて

なぜ、毎日泣かなくてはならないのか

未来がないのに

なぜ、この関係を続けるのか

考えた。止めようとも思った。


私は人を愛することも

自分を愛することもできない


すべて依存

してほしいだけ。

愛ではない。

そう思ったとき、彼への思いも

依存なんだ❗と。 


だから、忘れようと思った。


そんなときは

必ず連絡がくる。逢うか?って。


離れようとすると

引き合う。

愛されていることを実感した。

こんな自分を守ってくれて

私の為に時間を作って。

 

と言うより

疲れてしまって忘れてしまうのだろか。


なんでお金がないのかも

なんでしなくちゃいけないのかも

番号も合言葉もすぐに忘れる


脳に残らない。

連想すらできなくなった。


あの人への思いすら忘れたのだろうか。

それなら、それでもいいのかも。


何がよくて何がダメか

この世の中、生きにくいばかり。

このまま振り回されて生きるきはしない。

戻りたいの?

6年近く時が経ったことに

本当に驚く


そして

始めに彼が言ったことばを

思い返して

また驚く


「俺は お前を守れない」


好きなら一緒にいるのが当たり前

好きなら結婚を考えるでしょ。

相手を知りたい、側にいたい

いつも顔を見たい。

話がしたい。

そう思うでしょ?


会った頃は

私よりも彼の思いが強くて

誰に悪いことをしてる?

誰にも想いは止められない❗


そんなことを言われ

私の想いも強くなった。


全てのことに嫉妬して

毎日、連絡したくて

毎晩泣いていた。


俺は俺の人生を生きる。

依存するな!


意味がわからなかった。


私の生きる方向を

社会の枠から外れさせたくせに

責任とらないの?

そう、思う。


けれど

彼に逢って彼を好きにならなければ

家族制度に縛られ

自分の生きたい人生を我慢し

一生を終えたのかと思えば

独りで生きるしかない今を

幸せと思えなくても

良かったとも思う。


凄く矛盾している。


日本の良しとする型に

はめられて

ねばならないと生きてきたのに

自分の思うように生きていけばいいと

世界を見せられ

戸惑いながらも踏み込んでしまった。


誰のせいだ?!と恨みたくなるけれど

彼は家族と暮らし

自分の生活を守っている。

私が入り込むことも

そこで生きられるとも思っていない。

私には私の世界があるから。


どこかで

自由な心でいたいのに

縛られ狭い世界の安定感に揺れる。


理不尽さを感じる。


無茶苦茶な自分勝手な解釈と

怒ってみるけれど

感情で理解できないけれど

頭では理解できる


そうであるべきだと。


でも

なぜ、好きなのに一緒にいられない?

それなのに

なぜ、好きだと言う?


頭に来る。

何もかも知らなかったとき

昔、描いていた結婚しての生活

こうやって過ごすだろうと

漠然と考えてた頃に

時間を戻せるなら


彼に逢わなければ

何も変わらなかった。


過去のこと。

歩き出してしまった。😢

ざわめく

彼には家族があるから

その役割を果たさないとならない。


あとから出逢った私は

自分の世界が壊れてしまったから 

家族のために頑張る彼を

許せなくなる。


私の世界を壊したくせに❗


自分は大きい顔で 家族のためという。

私は堪らない。


仕方のないことと頭では

思うけれど

心の中で許せない。


その家族に嫉妬する。


私は聖人君子でない。


そして

すべてを手放し、愛せよ❗

そんな心境にもなれない。


ただの哀れな女だ。